ハードモード移住相談

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標高1400メートルへの移住。加藤大雪さん、はじめての冬を迎えて

集落支援員 
加藤大雪さん

Profile_

加藤大雪

集落支援員

かとう・たいせつ/1994年神奈川県生まれ。専門学校にて建築デザインを学んだ後、建築、運送、特殊塗料の世界を経験。2023年に長野県王滝村に移住。標高1400メートルの高地に建つ元別荘の住まいに暮らしながら、集落支援員として村内巡回バスの運転に従事している。

タープ張りと、熊の爪痕。

長野県内でも屈指の山間高地に位置する、王滝村。冬場は氷点下の日々が続くこの場所の、“ハードモードライフ”の真骨頂と言えば、やっぱり冬です。

10月を過ぎればぐっと寒い日が増え、早ければ11月に雪が降ることも。村人たちは長い冬に備え、しっかり準備して冬を迎えます。

そんな、手強い冬のはじめに移住してきた若者がいる。しかも、標高1400メートルの山奥に……との噂を聞きつけたのは、10月下旬のこと。関東から移住し、集落支援員※として村内巡回バスの運転手を務めるその人のもとを、訪ねることにしました。

※集落支援員:地方自治体からの委嘱を受け、市町村職員と連携し集落の巡回、状況把握等を行う人材のこと

王滝村の中心地である村役場を出発し、車で約20分ほど。御嶽山を眼前に望む、つづら折りの山道を登るごとに雪は深くなり、気づけばあたりは白銀の世界。まさに「人里離れた」という言葉がぴったりな別荘地の一角に、めざす家はありました。

「こんにちは、ようこそ!」

さわやかに出迎えてくれた、加藤大雪さん。

長靴にオーバーオール、というアウトドアスタイルで、さすが山暮らし、といった印象です。

それにしてもなぜ長靴?早速たずねると、今日はちょうど、本格的な雪から車を守る準備をするところだったのだそう。

「車の上に、アウトドア用のタープを張ろうと思って」

ということで、まずは様子を見守ることになりました。

一方に紐を結んで・・・
ウッドデッキに立てた棒にも紐をくくって
トントン。
こちらにも紐を張って、
できた! ・・・・かな?

「とりあえずフロントガラスが守れれば、今日はこんなところで大丈夫っす!」

とのことなので、いよいよお家にお邪魔することにしましょう。

「あ、その前に。今日は“ハードモードライフ”がテーマですよね、熊の爪痕、見ます?」

!!!

玄関のすぐ横に、たしかに爪痕が!

「これ、僕が家にいるときにやられたやつです。うちの前、熊の通り道みたいで。少し前まで、ほぼ毎日のようにクマの気配がありましたよ」

なるほど。今回、かなりのハードモードになりそうです。

愛車のランクルとともに、ネット検索→即移住。

「どうぞ、家はこんな感じです」

通された加藤さんのお宅は、山の別荘らしいシンプルなつくり。ダイニングキッチンのほかに和室と屋根裏部屋、さらにもう一部屋ありますが、「予想よりも早く寒さがやってきました」とのこと、現在はほぼダイニングと和室の2部屋で過ごしていると話します。

「今年は冬の準備不足で」と、それもそのはず。取材時はまだ、引っ越してきて2ヶ月ほどのとき。最初に手づくりしたという薪ストーブ置き場に設置した、アウトドア用の小さな薪ストーブを主な暖房器具としていました。

「この1台で、じゅうぶんあったかいですよ」と加藤さん
専門学校では建築デザインを学んでいた加藤さん。レンガの間に挟んだ酒瓶には、「ted」のシールを。

キッチンにガスレンジは置かずに、料理はもっぱらこの薪ストーブとカセットコンロで行うという、アウトドアライフそのものの日々。極め付けに、「寝床はここです」との声にリビングの奥の和室を見ると、座布団の上に敷かれたマット、そして寝袋が!

「これ、マイナス35℃でもいける寝袋なんで、ここに入れば完璧です!」

・・・というわけで、色々な疑問が湧いてきたところでとりあえず椅子に腰掛けてお話を聞くことに。カセットコンロで沸かしたお湯で淹れたおいしいベトナムコーヒーをいただきつつ、質問タイムです。

―そもそもどうして、王滝村へ?

「地元神奈川では、特殊塗料を扱う会社に勤務していたのですが、徐々に仕事に『やり切った感』を覚えるようになってきたんです。そろそろ山で暮らしたい、そう思ったらすぐに、各地の空き家バンクを見て手当たり次第に問い合わせの電話を入れていました。そんななかで、見つかったのがこの物件。価格も良かったので即決して、すぐに引っ越してきたんです」

―アウトドアの経験は、以前から?

「両親が二人ともキャンプ好き、というかアウトドア好きで。家族でキャンプ場に泊まったのは1回ぐらい、あとはキャンピングカーで野営しながらあちこちをめぐるような旅を、よくしていたんです。

その影響もあって僕は、アウトドアにがっつりハマって。小学5年生のころからテントを使って過ごすようになり、中学生ぐらいから河原で焼き芋を焼いて食べて、というような時間が大好きでした」

アウトドア好きなご家族のもとに育ち、早くから自分で実践を重ねていた加藤さん、さらにもう一つ、アウトドアアクティビティ沼にはまっていく、決定的な出会いがあったのだそう。

「さっきタープを張った、ランクルとの出会いです。免許をとってまず最初の車選びをしたとき、スポーツカーも気になったけど、釣りやキャンプのことを考えると、やっぱりデカくて丈夫なものがいい。その視点で調べると、ランクルのすごさに引き込まれてしまって。とくにタフな『ランクル70(通称:ナナマル)』と呼ばれる車種に惚れ込んでしまいました」

「snow attack」に「荒地突入車両」。個性的なステッカーがずらり貼られています

「乗ってみたら、とにかく丈夫だしパワーがあって、釣りやキャンプが好きな自分にはぴったりの車で。Facebookで前から見ていたナナマルのコミュニティにも参加し、オーナー仲間の集いに今も通っています。集まって、どんなことをするかって?ふつうにツーリングすることもあれば、山の中を走ったり、“運動会”っていって車と車で綱引きしたり、結構すごいっすよ」

車と車で、綱引き・・・!?

幼少期から培われたアウトドアスピリット。愛車のランドクルーザーと“山遊び”。加藤さんがこの高地でたくましく暮らせている理由が、徐々にわかってきました。

王滝村は「こういう田舎っていいよね」という場所。だからこそ、もっと関わりたい

こうして、暮らしも遊びも驚愕のハードモードライフを送る加藤さん。一方で村では「巡回バス運転手」として、そして地域を担う若者の一人としても、すでに注目の存在です。じつは取材前からも「加藤さんは地域の集いにいつも顔を出しているし、手伝ってくれる」と、その評判を耳にしていました。

冬の準備も忙しかった時期から、なぜ?その問いに加藤さんはこう答えます。

「やっぱり、村に入ったからには、村人として迎えてもらえるような貢献をしたいんですよね。そのためにはまず、知ってもらわないといけないし、僕もみなさんを知らないと。

公民館祭りとか、小学校の文化祭、秋の祭典など、村では週末ごとにいろいろな催しがあるから、今はできるかぎり全部行きたい。お客さんとしていくこともあれば、手伝って、豚汁をいっしょに食べさせてもらったりもあります。

庭を片付けてごはんをご馳走になったりもするし、野菜は最初の1週間以降ほとんど買っていないし。収入は下がっても、そうやって生きていけるのは安心感であると同時に、地域のみなさんとそういう関係性でいられることが、なにより大事なことだと思っています」

「意外と若い世代も多くて、新しい人との出会いも楽しい」と加藤さん

「あとは、『知ってもらう』という意味で、バスの運転手の仕事は、とてもありがたいです。乗客である村のおじいさん、おばあさんたちもすごくあたたかくて、ご飯をいただいたり、野菜を持たせてくれたり。『たい焼き買ったから食べな』とか、『寒かったらうちに泊まれや』と言ってくれる人もいて、その気持ちがめちゃくちゃうれしいです。

王滝村って『こういう田舎っていいよね』という、まさにそんな田舎じゃないかなと。だからこそ余計に、自分も関わりたいと思うのかもしれません」

いただきもののねぎを、「とりあえずここに」と、独特の方法で保存

現在は毎朝5時ごろ起床したら、朝食後早めに出勤。

朝と夕方の1日2本、バスの運転をするほか、管理を任されている別荘地の草刈りや村内の支障木(邪魔になった木)の伐採、農道整備に空き家調査とデータ作成など、夕方5時までの勤務時間は地域を維持する多様な仕事に従事する。そんな穏やかな日々が、加藤さんの日常になりつつあります。

「そうそう、年配の方たちだけじゃなく、王滝村は同世代との出会いも意外と多くてびっくりしました。先日も、中心地の飲み屋でみんなで朝まで飲み会をして、そのままスポーツ大会に参加した日も(笑)。地域に関わっていく気持ちがあれば、そういう仲間にも出会うことができますよ」

目標に向かって、まずは飛び込んでみることから。

地域に溶け込み、ハードモードな暮らしに少しずつ身体をならしながら、加藤さんの新生活ははじまったばかり。けれどその先には、見据える目標があるのだと言います。

それは、本当のアウトドア好きの夢を叶える場づくり。

じつは加藤さん、この家とともに周囲300坪の山林を購入済み。将来はここを皮切りに、会員制の野あそび基地をつくっていきたいのだとか。

「ある程度キャンプを極めてくると、欲しくなるのが『山』。でも、『買ったらどうなるか』と予想がつかず、踏み切れない人は多いと思うんです。そんな人たちの『やりたい』をかなえるために、僕が管理人となって、山林のスペースをリースするようなことができたら。ただテントで一泊するキャンプ場じゃなく、トレーラーハウスに中長期滞在しながらモバイルハウスづくりなどを楽しんでもらえたら、いいんじゃないかなって」

自身も山野での遊びを極めてきた加藤さんらしい発想。その実現のために「いきなりやっても不審がられるだけ。今はとにかく地域で働いて、信頼関係を築いていけたら」と、着実に一歩ずつ進もうとする熱意が伝わってきます。

「いま、山を手放したい人が多いと言われていますが、かたや使いたいという人も増えている。もちろん環境を維持できるような管理をしながら、そういう人とこの村を、つなぐことができたら。ここは傾斜地が多いけど、モバイルハウスなら建てられる方法はあるんです。大特(大型特殊免許)もこれから取りたいと計画中です」

標高1400メートルの地で、大きな一歩を踏み出した加藤さん、最後に移住を検討する方のメッセージをお聞きしました。

「とりあえず、やってみたらいいと思いますよ。やってダメなら考え直せる。うまくいかないこともあると思うけど、それは(山の)下で生きていても一緒。どうせ苦労するなら、面白いほうに進みたいって、僕は思っています」

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