地域おこし協力隊を経て、「未知の仕事」に挑戦中
8月、小さな谷をすっぽりと覆いそうな緑が豊かに輝く、夏の王滝村。とうもろこし畑で、一人の男性が収穫作業を進めていました。


標高が高く、朝晩の寒暖差が大きい王滝村で育つとうもろこしは、「甘くて味が濃く、おいしい!」と、知る人ぞ知る村の名産品。そんな適地の環境を存分に生かすべく、一本ずつ熟度を見極めながらていねいに収穫作業を進めていきます。
まなざしは、真剣そのもの。手つきも慣れたものに見えますが・・・
「つい最近まで、農業の『の』の字も知らない。『耕すってどういうことだ?』という状態だったんです」
照れたように話すこの方が、今回の主人公、成田善彦さんです。

令和4年度採用の「地域おこし協力隊」として、王滝村での暮らしを始めた成田さん。その任期を終えて今年から、本格的に農家として独立を果たしました。
地域の農地を借り受けて、現在栽培しているのはとうもろこしのほか、同じく地元の名物「すんき」の原料となる王滝かぶ、ソバ、米。そして栽培〜出荷だけでなく、農業機械を使った播種や耕運など、農作業を受託する仕事も担っています。

先の言葉どおり、「農作業はまったく未知の世界だった」という成田さんですが、この地へ移住後に、一つひとつ仕事を学んでいったのだとか。
「最初に育てたのは、『王滝かぶ』でした。協力隊の仕事の一環で自分も手伝うことになり、地域の方に栽培の方法を教えていただきながらやってみたら、ちゃんと収穫できた。その喜びが予想以上に大きくて、『せっかく教えてもらったことだから、これも生かして仕事にしていこう』と、徐々に新規就農への決意が固まりました」

新たな喜びを教えてくれた、御嶽山とガイドの仕事
農家とともにもう一つ、成田さんには王滝村に来て新たにはじめた仕事があります。それは、協力隊として村にある宿泊体験施設「名古屋市民御岳休暇村(おんたけ休暇村)」に勤務していたときから続けている、登山ガイドの仕事。
名古屋市公営の施設であるこちらでは、ガイドが案内する登山ツアーなど豊富な自然体験ツアーが人気です。成田さんは協力隊期間中に休暇村スタッフとしてこの経験を重ね、現在も御嶽山の登山ガイドとしての活動を生業の一つとしているのです。

もう、名前を覚えてくれている方もいて、やりがいとともに楽しさを感じられる仕事ですね」(成田さん)
30代のころは自転車での沖縄旅を経験したり、全国各地へ車やバイクででかけたり、冬はウインタースポーツを楽しんだり。数多くのアクティビティに親しんできた成田さんにとって、登山はこれまで「トレーニングの場所」という感覚だったのだとか。王滝村へ移住し、ガイドという仕事に出会ったことで、意識が大きく変化したと話します。
「お客さまの安全を守ることはもちろん、周囲の自然や風景について学び、伝えるのがガイドの仕事。この目線で見ると、御嶽山てすごく植生も豊かだし、晴れた日には中央アルプス、南アルプス越しの富士山も見えるなど、たくさんの魅力にあふれた山なんです。
今後も登山ツアーの経験を重ね、個人でも登山ガイドとして活躍していきたいと考えています」
体が動くうちに、「やってみたい」に飛び込めた
農業をし、ガイドをし、繁忙期には休暇村のサポートスタッフにも。そんなパラレルワークでこの村に根付きはじめている、成田さん。3つ、ときにはそれ以上の仕事をこなすことはハードモードにも感じられますが、その語りはあくまでも軽やかで、穏やか。現在の在り方が成田さんにとって、ごく自然なサイクルとなっていることが伝わってきます。
しかし、そもそもなぜ、王滝村へ? そんな素朴な疑問を投げかけると、「以前は生まれた土地で20年間、同じガソリンスタンドに勤めていたんです」との答えが。
「高校を卒業して、就職をしてからずっと、暮らしの拠点は同じ場所。これまでは、休暇を利用して旅や遊びをしていましたが、40代になったころに、『動けるうちに、これまでと違った暮らしに挑戦してみたい、できればこれまで暮らしたことのないところに行きたい』と思ったんです」

最初は東北地方から調べはじめて、偶然出会った王滝村。「じつは、名前も知らない場所でした」と笑いますが、4年目となるいまでは地域では消防団のメンバーにもなり、飲み仲間も増えて、すっかり村に欠かせない一員に。「王滝で暮らす」という一つの選択は、成田さんにとってこれまでの日常をガラリと変える、まさに”冒険”のような転機になったようです。
「ずっと一つの仕事をしていたので、いろいろな役割に関わる今の暮らしも気に入っています山もあり、人もあたたかく、冬はちゃんと雪が降ってウインタースポーツもできる。そう、冬の寒さは僕にとって、全然ハードモードじゃないんですよ。
これからは、新しく始めた一つひとつの仕事の経験と知識を増やしながら、自分軸のリズムを組み立てていきたい。ともあれあのとき決断して、ここへ来られてよかったなって、いま思っています」