少人数だからこそ学べる
自主性を重んじる教育。
2022年3月、小学校と中学校の一貫校だった王滝小中学校の中学校は休校になり、4月から王滝小学校になりました。田中ちひろさんは、この小学校で教員として勤めています。
秋田県で生まれ育った田中さんは、秋田県の大学を卒業したあと、首都圏で仕事をし、2012年に結婚を機に木曽町で生活をはじめました。
「夫の実家が木曽町で、結婚する前からよく遊びに来ていました。あまり住む場所にこだわりのない性格なので、実際に引越しが決まったときも木曽に住むことには全く抵抗はありませんでした」
日義小学校で教員として働いたあと、2018年に王滝小中学校へ赴任。木曽町から通勤していましたが、2021年に王滝村に引越しをしました。
「王滝村は家の価格が安く、子育て支援も充実している。そして、私の2人の子供の教育環境を考えたとき、子どもが少ない学校に通うこともポジティブに捉えていました。私が幼い頃に通っていた小学校は1学年で5クラス、中学校は9クラスもありました。卒業まで名前と顔が一致しない子もたくさんいましたし、学年が違う子のことは全然知らなかった。しかし王滝小学校の環境では、全校生徒と人間関係をつくることができます。その経験は、今後誰かと人間関係を築くときに力になるかなと思います」
2022年現在、小学校は全校で11人。学年ごとの授業だけでなく、1年生と2年生、3年生と4年生、5年生と6年生というふうに、2学年が合同で「連学年」で行うものや全校で行う授業が多くあります。
「ひとつの授業で3人ほどを教えます。少人数に教えることは、大人数に比べると楽なのかなと予想していましたが、全然そんなことはありませんでした。もっと人数の多い学校だったら一人休んでも、授業を進めると思うのですが、これだけ少ないとどんどん進めるわけにもいかない。一人ひとりの理解度をみて、より個人にあったケアをしていく必要性を感じています」
王滝小学校では連学年での授業の他にも、地域の人たちと一緒に学ぶ場をつくっています。さまざまな世代の人と学ぶことで、コミュニケーション力の向上や、考える力の育成、そしてさまざまな考え方があるという多様な視点を学びます。
「王滝村では人権について考える授業『わくわく人権みんなの樹業』を、もう10年以上行っています。朝の20分間など時間をつくって地域の人に参加していただき、人権についての意見交換やゲームを取り入れて学ぶことをしています」
児童が自主的にハロウィンやクリスマスなどのイベントを提案し、実行する機会も多い王滝小学校。委員会活動も実行委員会形式で行っているとか。自主性を重んじて、それを実行できる環境は子どもにとって学びが多いと田中さんは考えています。
「社会に出てからは、年齢が同じ人とばかり行動をする場面はほとんどないと思います。だから連学年で勉強することや地域の人たちと一緒に学ぶ場があることは、とても恵まれているのではないでしょうか」
木曽の環境で実現したい
オルタナティブ・スクールの設立。
田中さんには、オルタナティブスクールを立ち上げるという目標があります。オルタナティブスクールとは、公立、私立以外のもうひとつの学校の選択肢です。
「社会、地域、未来を担っていくための教育がしたいと思っています。子どものためになることはもちろん、教育を通しての社会づくりをしていきたい。王滝村に引っ越す前からその夢は持っていました。いろんな教育について話を聞いたり、調べたりするうちに木曽の環境ならこの教育は実現できると確信を持ちました。今は王滝小学校でも自由進度学習を進めています。先生が子どもに教える一斉授業とは違い、子どもが自分で学習の計画を立てて進める授業です。長野県内でも取り入れはじめた学校も多く、そのなかでも木曽地域はそれをはじめるのが早かったんです。この学習方法はオルタナティブスクールでも取り入れていきたいです」
少人数での教育や、自然のなかという環境が子どもの教育にあっていると田中さんは語ります。オルタナティブスクールでは、どんな教育が受けられるのでしょうか。
「私が考えている学校のカリキュラムでは、学習しなければならないことを自分で計画を立てて学習すること、仲間と協働して学ぶこと、個人で探究することの3つの軸があります。
言葉や数など小学校段階で学ぶ基礎的な学習は、自分でどこまでやるのか、それぞれの理解度に応じながら、それぞれのペースで行います。仲間と一緒の学習では、どんなふうに学習していけばいいのか、どうやって協力できるのか、お互いの違いを感じながら自分を主張しつつ、折り合いをつけつつ一緒に学ぶのです。個人の学習では、好きなことをどれだけ自分で進めていくのかが大切になります」
目標に向かって走り続ける田中さん。王滝村での生活が気に入っているので、ここに住み続けたいと話してくれました。
「王滝村での生活は不便はあるけれど、やっぱり楽しい。私のことを田中先生として認知してくれている方も多いけれど、まだまだ住民としては一年目。これからは王滝村の住民として、もっと地域に溶け込んでいきたいと思っています」